「しあわせ」足ることを知る

 「目の見えなかった人が、この世界を見れるようになったら、どれほど幸せだろう」
 この考えに反対する人はいないでしょう。
 あなたはどうですか?

 見えない人が見れるようになる。こんな夢のような話が、医療技術が発達した今、現実になったそうです。そして幸せな気持ちで、かつては想像するしかなかった世界を目に焼き付けたのでしょう!
 ・・・本当にそうでしょうか?
いいえ、幸せになるどころか鬱病になってしまうケースがあるというのです。

  この話を聞いて、あの時のことを思い出しました。
青山学院に通っていた頃、同じクラスに全盲の友人がいたのですが、ある日のこと、キャンパスから表参道の駅まで歩いていたら、前方に彼も同じ方向に向かっているのが見えました。駅まで腕を支えて一緒に行こうと後ろから声をかけようと思った瞬間、「あっ、成澤さんも帰るところですか?」と振り向いたのです。

 この時の驚きと感動といったらありませんでした。彼は目が見えない分、それを補うように他の感覚がとても鋭い(あるいは、よほど特異な足音だったか)。
 人間って、その時持っている能力を最大限発揮できるように体が機能するのですね。

 わたしたちは、不満を抱えて嫌な気持ちになったとき「ストレスが溜まった。」と言います。みんながそうとは限りませんが、海と山に囲まれて暮らしている人よりは、ビルと書類に囲まれた人が言いそうなセリフ。
情報がキャパシティを溢れてしまい、処理しきれなくなったときにストレスが「溜まる」のです。
 目の見えない人が見えるようになることによってストレスが溜まり鬱に陥る・・・、そうすると、視覚はその人にとって処理しきれない=必要のない情報なのでしょう。

 ありとあらゆるモノや情報に囲まれていると、気がつかないうちに不要なものも取り込んでストレスになっていることって、非常に多いですよね。毎日毎日、どれが自分にふさわしいか?と迷って選び取るだけでも大変です。  いっそのこと、足ることを知ってみることが先決です。
「足りない、足りない」と探し求めるのではなく、今どれだけ恵まれた環境にあり、どれだけ恵まれた情報とモノがあるのか、本当はなくても済むものはないか、静かに目をつむって思い返してみると満たされた気持ちになれます。

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